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低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」まとめ

最愛のあなたへ。

 

読みたいけど読みにくい。そんなウルフ作品を楽しもうと、グッと来た文章や表現を書き留めつつ、物語の進行チャートみたいなものを作ろうとする試み。

主観や推測だらけで勘違いもきっともりもり。ウルフはWolfじゃなくてWoolfなのがすき。

V(ヴァッソニャン).


[ダロウェイ夫人](集英社文庫 丹治愛訳)

1923年、6月のある水曜日。

第一次世界大戦の影響が残るロンドンでクラリッサ・ダロウェイは、自宅で開くパーティのため、花を買いに街に出る。瑞々しい生命力に溢れるロンドンを歩きながら、ダロウェイ夫人の意識は青春時代と現在を自在に行き来し、心に無数に降りそそぐ印象を記す。あらゆる過去の一日が充満した一日を「意識の流れ」の手法で、生、死、「時」を描いたモダニズム小説の代表作。


~おもな登場人物~

 

【クラリッサと旧友たち】クラリッサを中心に、若き日から互いに交流を持っていた老友グループ。1923年現在平均年齢53歳くらい。

 

クラリッサ・ダロウェイ:ロンドンの屋敷に暮らす病み上がりの51歳。なんの才も学も無いが、目に映るすべてを愛しその日その時を楽しめる老貴婦人。醜悪な感情を表に出さないように努め、周囲の人間からどう思われているのかがとにかく気になる質。自身が主催するパーティのために彼女が花を買いに出かける所からこの物語は始まる。

リチャード・ダロウェイ:クラリッサの夫。落ち着いていて真面目な議員だが、内閣入りなどといった出世とは無縁。人の良い誠実さから、ピーターからは都会の俗世に揉まれるより田舎で犬と一緒に暮らすような生活をしていた方がずっと幸せだったと評される。

ピーター・ウォルシュ:若き日のクラリッサの元カレ。異国インドで人妻と恋をし、その離婚協議のためにイギリスへと帰ってきた。旧友たちと比較して経済的に劣り失敗者である自らの人生に劣等感を抱くが、人の本質を見抜く理解力に人一倍長ける。事あるごとに手元でポケット・ナイフをひらく癖がある。

サリー・シートン:若き日のクラリッサの元カノ。周囲の女性たちとは違うエキセントリックな立ち振る舞いから若きクラリッサの愛を得る。金持ちの男と結婚してからはクラリッサとの交流は停滞している。老いて昔のような魅力は衰退しているが、その遠慮のない性格は健在。

ヒュー・ウィットブレッド:クラリッサらの幼馴染み。宮廷に仕えいつも高級な装いに身を包む恰幅の良い男だが、それ故か時折鼻持ちならない俗物と化すため、クラリッサを除く周囲の人間からは疎まれ軽蔑されている。

 

 

【現在のクラリッサの周辺人物】親しい旧友らを除くクラリッサ周りの人物。

 

エリザベス・ダロウェイ:クラリッサとリチャードの一人娘。神秘性をたたえた流麗な容姿から、クラリッサからは社交界デビューを期待されるが、本人はパーティに乗り気ではなく、自立して田舎で犬と一緒に暮らすような将来に憧れる。

レイディ・ブルートン:リチャードやピーターの知人。クラリッサと互いに好意的に意識しつつも折り合いの悪い印象から少々ぎくしゃくしている御婦人。

ミス・キルマン:エリザベスに近代史を教える家庭教師。生活に困窮していた際にリチャードに雇われたため彼への敬意は多大なものだが、何の才もないくせに人生を謳歌するクラリッサをつよく軽蔑している。

 

 

【セプティマスの周辺人物】この物語のもう一人の主人公、セプティマスの周辺人物。

 

セプティマス・ウォレン・スミス:第一次世界大戦で志願兵となり勇敢に戦ったが、シェルショックを患い精神を侵された青年。戦時中は上官エヴァンズに気に入られ同性愛的可愛がりを受けていたが、戦後は戦死した彼の幻覚に苛まれる。

ルクレイツィア・ウォレン・スミス:セプティマスの妻。通称レイツィア。戦時中に故郷イタリア・ミラノでセプティマスと出会い婚約し、結婚を折りに知人の居ないイギリスで暮らし始める。手先が器用で帽子作りを生業とする。

ホームズ医師:セプティマスを診る医師。医者としての力量は平凡であり、精神疾患に対しては外の景色や自然を見せる、スポーツをするよう呼びかけるといった視界不良なセラピー一辺倒。

サー・ウィリアム・ブラドショー:高名な医師。医者としての確かな腕前や印象から名声を得ているが、そのぶん診察料がやけに高い。重症のセプティマスのセラピーに加担する。


~チャート~(各項リンク)

 

低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」①

■チャート1:クラリッサ・ダロウェイ51歳、パーティー用の花を買うためにロンドンの街に繰り出す。

■チャート2:花屋に向かう道をのんびり歩きながら、あれこれと考えてみる。

■チャート3:元カレの事を思い出したらイライラしてきましたわ!

■チャート4:クラリッサ・ダロウェイ、ヒア・アンド・ナウを愛していると自覚する。

■チャート5:生きる事で、死について気づく。

■チャート6:さて、えーっと。花屋に向かいましょう(本屋を見ながら)。

■チャート7:夫人、花購入RTA完走。代わりの主人公セプティマスが登場。

 

低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」②

■チャート8:セプティマス・ウォレン・スミス、甲斐甲斐しい妻に付き添われお散歩中。

■チャート9:女王陛下の車(たぶん)、走るだけで多大な影響を与える。王室パワーを垣間見よ。

■チャート10:孤独にがんばるルクレイツィア。イギリスってクソだわ!

■チャート11:ロンドン一般市民ガチャSR文豪デンプスターさん登場。濃いモブたちの内省の様子。

■チャート12:ダロウェイ夫人帰宅直後スネる。老いに怖気づく。

 

低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」③

■チャート13:クラリッサ、エキセントリックな元カノ・サリーちゃんに思いを馳せる。

■チャート14:元カレピーターくん、ダロウェイ邸に突如襲来。

■チャート15:ピーター、ダロウェイ邸から逃走し物思いに耽る。

■チャート16:ピーター、スミス夫妻をガン見してたのしむ。

■チャート17:ピーター、三十年ぶりの今になって、旧友たちを再認識する。

■チャート18:ピーター、苦しみながらも自身の本質を受け止める。

■チャート19:レイツィア、イキる。横に居る夫の過去回想。

 

低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」④

■チャート20:WWⅠ。射線上のエヴァンズ、セプティマス。

■チャート21:セプティマスの想い。

■チャート22:十二時。一方その頃クラリッサ。そしてスミス夫妻の絶望。

■チャート23:リチャード&ヒュー、昼食会をたのしむ。デブのヒュー、とことん嫌われる。

■チャート24:リチャード・リア充・ダロウェイ、ノリでクラリッサ用の花を買って帰る。

 

低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」⑤

■チャート25:クラリッサ、脳内元カレと脳内旦那に糾弾されつつもパーティーを開く意義を自己弁護。

■チャート26:ミス・キルマンの不幸自慢大会勃発。クラリッサとギスりつつエリザベスと買い物へGO。

■チャート27:セプティマスの故郷を引き返し帰路につくエリザベスの人生設計。

■チャート28:セプティマスの死。

 

低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」⑥(終)

■チャート29:ピーター、セプティマスの遺体を運ぶ救急車に感動し決戦へと赴く。

■チャート30:ダロウェイ邸。パーティが始まりそこら中で大規模な同窓会みたいになる。

■チャート31:クラリッサとセプティマス。二人の人生が邂逅し、共に未来へと進んでゆく。

■チャート32:元カノサリーと元カレピーター、クラリッサを待ちぼうけ。


~『ダロウェイ夫人』まとめ~

 

 心臓病から回復したばかりの老貴婦人クラリッサ・ダロウェイは、今夜に自宅で催すパーティのための花を買いにロンドンの街へと繰り出す。美しいものも汚れたものも、ロンドンの情景ひとつひとつを愛し、あれやこれやと考え事をしながら花屋へ向かって歩いていくうちに、偶然にも旧友ヒュー・ウィットブレッドと遭遇したり、若かりし頃の元カレ(ピーター・ウォルシュ)の事を景色に紐づけて思い出したりする。ピーターはクラリッサの人間性を理解しており、深く理解しているからこそクラリッサが将来「完全無欠のホステス(女主人)」の役を完璧に全うするだけの俗物に成り果てる事を示し、これに対しクラリッサは悔しくて泣いた。

 

 クラリッサはピーターの事を愛し、ピーターもクラリッサを愛していたが、破滅する未来を確実視した二人が結ばれる事はなく、最終的にクラリッサはリチャードという別の男性と結婚した(ピーターとリチャードも古くからの親友同士である)。ピーターはその愛情と比例するように束縛感や独占欲が強かったが、リチャードは恋人同士であっても互いの自立や自由を尊重出来る人間であり、クラリッサもまた個人の自立や自由が尊重されるべきだと考えていた。

 

 クラリッサは生きながら目に見えるすべて、「今」や「ここ」を愛していたが、心臓病に侵されてからは自分の老いや時間、死に対し、どうしようもなく無力感を感じていた。しかし自分が死ぬ事は、自分を知るすべての人々や場所、「過去から今」を包括して、「そこらじゅう、どこにでも」拡散してゆく靄のように空気に混ぜ溶け、自分の存在が永久に残されてゆくのではないかと救いを感じる

 

 クラリッサは常日頃、自分が周囲の人間からどう思われているのかを気にしている。しかし今、自分は「クラリッサ・ダロウェイ」なのではなく、周りからすればただのリチャード・ダロウェイの妻、「ダロウェイ夫人」という存在としか認識されないであろう事に慄く

 

 花を買って家へと戻るクラリッサ。帰路の喧騒の中にセプティマス・ウォレン・スミスとその妻レイツィアが居た。セプティマスは先の戦争(第一次世界大戦)で志願兵として勇敢に戦ったが、シェルショックを患い、終戦後も長らくその精神的後遺症に脅かされ、事あるごとに自殺を仄めかす。レイツィアは夫を支えるために祖国イタリアを離れ、イギリス生活での孤独感やセプティマスへの対処がうまくいかないことに疲弊してゆく。レイツィアはセプティマスを公園のベンチに誘い風景を眺めるよう諭す。精神科医ホームズにそうするよう言われていたからだ。しかし上の空で妻の言葉を聞き流せば次の瞬間には死んだ上官の名を叫びだす。景色や自然を見るよう呼びかける妻の言葉は彼の脳の中で神からの天啓として変換される。セプティマスは数々の真理を天から授かり、現世や人間という種に憂いを募らせる

 

 花とともに家に帰り着いたクラリッサだったが、夫リチャードが巷で非常に評判の高いレイディ・ブルートンの食事会に誘われ出かけている事をメイドに知らされる。自分だけ食事会に誘われていなかった事に内心で深く悲しみ腹を立てるが、そうした醜い心情を周りに悟られぬよう美徳の努力を遂げる。クラリッサはベッドルームに籠もりしばし老いた体を休める。病み上がりの彼女の身を案じ、日々様々な手回しをしてくれるリチャードの事を愛おしく思うが、ふと若き日に恋情を抱いた女性、サリー・シートンに想いを馳せる。

 

 クラリッサは若き日にサリーに対して抱いたものが確かに恋愛感情であったと明らかにする。他者とは違った感性や、当時の女性としては遠慮がなく奇矯な立ち振舞にひどく心惹かれ、女性同士特有の世界でサリーという御転婆なお姫様を守る騎士というロールをしていたのだろうと振り返る。突然、クラリッサのもとにピーター・ウォルシュが訪ねてくる。ピーターは長らくインドで暮らしていたが、先日インドで作った愛人の離婚協定のためつい先日ロンドンへと帰郷していた。ピーターには若い頃から、心の力を点火するのにポケット・ナイフをひらく癖があった

 

 ピーターはインドでの出来事や、ロンドンに帰ってくる事になった始末をクラリッサに話す。ポケット・ナイフをひらきながら失敗者としての自分の人生を吐露したピーターは、クラリッサは今幸せなのかと互いの人生そのものに疑問を投げかける。クラリッサはこれが自信の人生の象徴だと言わんばかりに、長女エリザベスをピーターに紹介する。ピーターは目に涙を浮かべ、ダロウェイの邸宅から逃げるように飛び出す。その背に向かって、クラリッサは今夜のパーティに来てくれるように叫ぶ。

 

 邸宅から逃げ出したピーターは、ふと立ち寄った公園で人生を振り返る。朝から喧嘩している風変わりな夫婦(セプティマスとレイツィア)を見て、若いという事の意味やサリー・シートン、ヒュー・ウィットブレッド、リチャード・ダロウェイ、そしてクラリッサといった旧友たちそれぞれの本質、そして自分自身の本質を再確認し、年老いた今だからこそ人の本質をより正確に理解できるようになっていた事を喜ぶ。

 

 セプティマスとの幸福な夫婦生活を取り戻すべく、レイツィアは高名な医師、サー・ウィリアム・ブラドショーに診てもらうべく彼を導く。レイツィアはセプティマスとの子どもを望んでいたが、セプティマスは男女の営みは穢れた行為であるとし、そうした穢れた俗世から身を守る決意を固めていく。異国の地で孤立を極めるレイツィアは夫と共に暮らしたがっているが、ブラドショーはセプティマスを重症だと判断し、隔離して療養するべきだと彼女に伝える。藁にもすがる思いでブラドショーを訪ねたレイツィアはなおも孤独の道を歩まされる事に絶望する

 

 リチャード・ダロウェイとヒュー・ウィットブレッドはお呼ばれしたブルートンの昼食会で同席し、しばしの歓談を楽しむが、誠実なリチャードとは対称にヒューは卑しい俗物であり、食事会の同席者らに総じて軽蔑をもらう。ブルートンはとっておきの話題として、ピーター・ウォルシュがロンドンに帰ってきている事を二人に知らせる。懐かしき友の姿を想い朗々とした気持ちで帰路につくリチャードとヒューだが、ノスタルジーに侵された二人はふいに別れを惜しみ、もうしばしの時を二人でふらつく事にする。各々は己の妻のために贈り物を買うことにしたが、装飾品店で承認欲求や顕示欲に飲まれ見栄と俗物の魔物と化したヒューに見切りをつけてリチャードは先に店を出る。そしてクラリッサのために花を買って帰ること、会ったら「愛している」と伝えることを決意する。クラリッサと結婚したのはリチャードだったが、それでもリチャードはピーターとクラリッサの親しい関係に嫉妬していたことがあった。

 

 帰宅したリチャードに薔薇を捧げられたクラリッサは花の美しさに感動するが、リチャードは何か(愛している)を言おうとまごつく。病み上がりの彼女の体を心配するリチャードはクラリッサの昼寝のための枕を手渡し、結局それを言えないまま部屋を出ていく。クラリッサはそんな夫の姿を見て、弱り老いた自分がパーティを催し、さらなる疲弊や消耗を重ねる暴挙に出る事を遠回しに糾弾しようとしているのだと考える。同時にピーターの姿が頭に浮かび、クラリッサを目立ちたがりの俗物だと糾弾を始め、クラリッサは勝手な被害妄想に苛まれる。しかしクラリッサは自己弁護のうちに、パーティをひらくのは自分の人生や価値観の集大成のようなものだと答えを出す。クラリッサはありとあらゆる「今」と「ここ」を愛し、出会った全ての人々の存在そのものを愛してきた。出会う人々ひとりひとりと親身な付き合いを延々と続け、その人が今どこに居て、何をしているのかまでも包括した、ひとりひとりの存在まるごとを把握し愛する事が自分の唯一の才能だとしたクラリッサは、それを一つの場所で繋ぎ合わせ、何かを形作る事が自分の表現できる最大の捧げもの、それこそが例えば今夜ひらくパーティなのだと結論づける。

 

 しかしエリザベスの家庭教師ミス・キルマンは、心からクラリッサを軽蔑した。困窮のさなかリチャードに拾われエリザベスの教師になった彼女は己の身につけた近代史への造詣に誇りを持ち、親身になってエリザベスを導いていたが、何の才能も見せずにただその日その時を謳歌する典型的な阿呆の金持ちであるクラリッサの事だけはどうしても鼻持ちならなかった。クラリッサもキルマンからの剥き出しの敵意を感じ取り、驚きつつ侮蔑の念を抱くが、醜き敵対心を表に出すまいと努める

 

 エリザベスは嫉妬深く妄執的なキルマンとショッピングに出かけ、クラリッサは愛する娘を軽蔑すべきキルマンに奪われてしまったように思い落胆する。自身の悲惨な人生を必要以上に憂いているキルマンは、エリザベスを連れて服を見て回ったり暴飲暴食したりして自分への慰めに努めた。キルマンという近しい大人に拗れた異常性を感じ取ったエリザベスは彼女と別れ、帰路をたどりながら自分の将来について考える。キルマンは愛するエリザベスを軽蔑すべきクラリッサに奪われてしまったように思い落胆したが、エリザベスはクラリッサから自立する意思を確立し、自己判断による単独行動に楽しみを覚える

 

 ブラドショーの診断により、夫を隔離される運びとなったレイツィアは、幸福がついぞ潰える事にいっそう滅入るが、セプティマスはふいに心の平衡を取り戻したようにレイツィアに接する。帽子を作りながら夫婦の会話を弾ませ、レイツィアは求めていた幸福を今やっと取り戻し、夫婦二人で寄り添い生きてゆく勇気が沸き立てられた折にホームズが来訪する。正しく、そして醜悪そのものである人間性の顕現たるホームズに毒されまいとしたセプティマスは隣家の鉄柵目掛けて身を投げ自殺を遂げる

 

 セプティマスの遺体を搬送する救急車のサイレンを耳にして、ピーター・ウォルシュはインドのそれとは違う健やかな文明の発達に感心するが、進化から取り残されたままの二階建てバスに乗ったピーターは過去のクラリッサとのデートの様子を思い出す。当時はよく二人で議論を楽しんでおり、クラリッサは人の事を知ることも、人に自分を知ってもらう事も難しいという欲求不満を嘆く。クラリッサは、人を知るためにはその人を完成させているあらゆる場所や、あらゆる人々を見つけ出さなければならないのだと途方も無い価値観を示す。ただ生きる事で「今」や「過去」、「ここ」や「そこらじゅう」に自分の存在が確かに残されていく事や、それを包括してやっと自分という存在を確立出来ると確信したクラリッサはしかし今や「ダロウェイ夫人」としか認識されていない

 

 ピーターはクラリッサのパーティへ赴く前に食事を摂るが、そこで見せた洗練された立ち振る舞いを見知らぬ一家に気に入られる。失敗者であるはずの自分がしかし老練した紳士として見える事に気付かされ、ピーターは年老いてただただ失い衰え続けた訳ではなく、老いたからこそ豊かになる機敏や過去、経験があったのだと半生を鑑みる。しかし老いたピーターであっても今夜だけはその限りで無いと戦慄した。いまやっとクラリッサのパーティという未知の経験へと飛び込む覚悟を決めたピーターは、クラリッサの待つ屋敷へと歩みを進める。クラリッサの所在地に近づくにつれだんだんと張り詰めてゆく己の魂を奮い立たせるため、ピーターは若き日と同じように、ポケット・ナイフをひらく

 

 パーティではクラリッサとリチャードの知人らが多様に参席した。クラリッサの知人の中には変人奇人の類も居たが、彼女はそのひとりひとりに対し本心から親身になって接する事が出来、やはりそれが唯一の才能だとされる。参列者の中にはヒュー・ウィットブレッド、サリー・シートン(苗字が変わりロセター夫人)、ピーター・ウォルシュといった旧友らの姿があった。古き親友同士であるリチャードとピーターは心から歓談を楽しむ。そしてヒューはいつにも増して俗物的でピーターからも軽蔑をもらう。老いさらばえて魅力の消え失せたサリーを懐かしがり愛おしむクラリッサだったが、「完全無欠のホステス(女主人)」の役を全うしてみせる彼女に対し疑念に満ちた視線を投げかけてくるピーターの姿を認め、このパーティが自分にとって完全には成功し得なくなってしまった事を内心で嘆き憂う。

 

 ピーターはクラリッサに話しかけようとするが、クラリッサは記憶のかぎりの交流関係を活かし、しばらく他の参列者の話し相手をしているよう彼を一方的に他所に宛てがう。ピーターはあんまりな扱いに嘆いた。参列者の中にはレイディ・ブルートンの姿もありクラリッサは歓喜に打ち震えるが、互いに好意を抱きつつも共通の話題を持たない二人は、先程スライドさせたばかりのピーターを介して友好を確かめる。クラリッサはサリーとピーターを捕まえて、パーティが終わってもそのまま残っておくようにお願いをする

 

 サー・ウィリアム・ブラドショーとその夫人もクラリッサのパーティに臨んでいた。クラリッサはリチャードと話しているブラドショーにどこか陰険な印象を抱く。ブラドショー夫人はクラリッサに、パーティに赴く直前にある青年(セプティマス・ウォレン・スミス)の自死があった事を話し、クラリッサは突然に「死」の話題が自分のパーティに訪れた事に驚き魂を怯えさせる。

 

 見ず知らずの青年の死に触れて、クラリッサは死に対する思考を試みる。死というものは、年を取るたびに失われゆく大切なものを守るためのコミュニケーションの試みなのだと結論づけたクラリッサは、自死した青年と自分とが似ていると感じる。クラリッサは自身の代わりとなって死に、ものごとの美しさを教えてくれ、生きる活力を授けてくれた青年に憐れむことはせず、感謝する。

 

 ピーターとサリーは部屋に残り、クラリッサの到着を待ちわびる。通りがかったヒューを発見し二人して悪態をついて遊ぶうち、互いにクラリッサという人間に触れた人生や、老いてこそ気付き得られた見解を振り返り始める。ピーターは若いときは気持ちが高ぶりすぎていて、人の事を知るには困難な状態であるが、老いればこそ人を観察し真に理解する能力が強化されてゆくのだと説く。サリーは心にくらべれば頭など重要なことではないと説き、リチャードに別れの挨拶をするため、ふたたびロセター夫人として席を立つ。ピーターも続いて席を立とうとするが、なにかぞっとする恍惚感を感じ、しばらくそこに留まった。身を包む未知の興奮を怪しむピーターだったが、その正体がクラリッサなのだと理解したと同時に、そこにクラリッサが訪れる。


おわり。