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低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」⑥(終)

最愛のあなたへ。

 

読みたいけど読みにくい。そんなウルフ作品を楽しもうと、グッと来た文章や表現を書き留めつつ、物語の進行チャートみたいなものを作ろうとする試み。

主観や推測だらけで勘違いもきっともりもり。ウルフはWolfじゃなくてWoolfなのがすき。

V(ヴァッソニャン).


[ダロウェイ夫人](集英社文庫 丹治愛訳)

セプティマスの死亡後からラストまで。


~おもな登場人物~

クラリッサ:主人公。完全無欠の女主人。

リチャード:旦那。あんまり出世しないマジメでナイスミドルな議員さん。

エリザベス:娘。パーティとか出てないで田舎で暮らしたい。

ピーター:元カレ。クラリッサのパーティという最終決戦へといざ赴く。

サリー:元カノ。知らん男と結婚して大金持ちになってたエキセントリックババア。

ヒュー:出てくるたびにみんなにdisられる高級デブ。今宵もdisられザムライ。

ブルートン:クラリッサと互いに意識しつつもちょっとギスっているご夫人。

セプティマス:前項で鉄柵に身を投げて自殺したナラティブソルジャー。これをうけとるがいい!

ルクレイツィア:セプティマスの妻。夫婦としての幸福を感じた矢先に夫が身を投げた。

ホームズ:セプティマスの担当医1。デキないヘボドクター。

ブラドショー:セプティマスの担当医2。デキるナイスドクター。


~チャート~

■チャート1:クラリッサ・ダロウェイ51歳、パーティー用の花を買うためにロンドンの街に繰り出す。

■チャート2:花屋に向かう道をのんびり歩きながら、あれこれと考えてみる。

■チャート3:元カレの事を思い出したらイライラしてきましたわ!

■チャート4:クラリッサ・ダロウェイ、ヒア・アンド・ナウを愛していると自覚する。

■チャート5:生きる事で、死について気づく。

■チャート6:さて、えーっと。花屋に向かいましょう(本屋を見ながら)。

■チャート7:夫人、花購入RTA完走。代わりの主人公セプティマスが登場。

■チャート8:セプティマス・ウォレン・スミス、甲斐甲斐しい妻に付き添われお散歩中。

■チャート9:女王陛下の車(たぶん)、走るだけで多大な影響を与える。王室パワーを垣間見よ。

■チャート10:孤独にがんばるルクレイツィア。イギリスってクソだわ!

■チャート11:ロンドン一般市民ガチャSR文豪デンプスターさん登場。濃いモブたちの内省の様子。

■チャート12:ダロウェイ夫人帰宅直後スネる。老いに怖気づく。

■チャート13:クラリッサ、エキセントリックな元カノ・サリーちゃんに思いを馳せる。

■チャート14:元カレピーターくん、ダロウェイ邸に突如襲来。

■チャート15:ピーター、ダロウェイ邸から逃走し物思いに耽る。

■チャート16:ピーター、スミス夫妻をガン見してたのしむ。

■チャート17:ピーター、三十年ぶりの今になって、旧友たちを再認識する。

■チャート18:ピーター、苦しみながらも自身の本質を受け止める。

■チャート19:レイツィア、イキる。横に居る夫の過去回想。

■チャート20:WWⅠ。射線上のエヴァンズ、セプティマス。

■チャート21:セプティマスの想い。

■チャート22:十二時。一方その頃クラリッサ。そしてスミス夫妻の絶望。

■チャート23:リチャード&ヒュー、昼食会をたのしむ。デブのヒュー、とことん嫌われる。

■チャート24:リチャード・リア充・ダロウェイ、ノリでクラリッサ用の花を買って帰る。

■チャート25:クラリッサ、脳内元カレと脳内旦那に糾弾されつつもパーティーを開く意義を自己弁護。

■チャート26:ミス・キルマンの不幸自慢大会勃発。クラリッサとギスりつつエリザベスと買い物へGO。

■チャート27:セプティマスの故郷を引き返し帰路につくエリザベスの人生設計。

■チャート28:セプティマスの死。

■チャート29:ピーター、セプティマスの遺体を運ぶ救急車に感動し決戦へと赴く。

■チャート30:ダロウェイ邸。パーティが始まりそこら中で大規模な同窓会みたいになる。

■チャート31:クラリッサとセプティマス。二人の人生が邂逅し、共に未来へと進んでゆく。

■チャート32:元カノサリーと元カレピーター、クラリッサを待ちぼうけ。


■チャート29:ピーター、セプティマスの遺体を運ぶ救急車に感動し決戦へと赴く。

 

こんな結果になろうとは、誰にも予想できませんでした。衝動に駆られてのことですから、どなたも悪くはないのです(彼はミセス・フィルマーに言った)。それにしてもどうしてこんなことをしたのか、わたしには想像もつきません。(p266)

・セプティマスの自死の直後、ポンコツ精神科医ホームズの弁。ルクレイツィアや隣人を慰めようとしているふうを装った自己弁護。そしてレイツィアもまた、ホームズに飲まされた精神安定薬によってひとときの眠りにつき、以降の物語からも退場となります。

 

これもまた文明の勝利だ、とピーター・ウォルシュは思った。軽快にかん高くひびく救急車の鐘の音を聞きながら、これもまた文明の勝利だ、と思った。素早く、楽々と、救急車は病院へ急行する、誰かあわれなやつをあっという間に、しかし人道的に拾って(p268)

・セプティマスの躯を搬送する救急車のサイレンを耳にし、インド生活との文明の開きやロンドンという街の整った機能性に感動するピーター・ウォルシュ。

・レイモンド・ブリッグスの「エセルとアーネスト」を思い出す文明フェチのブリティッシュジジイ。

 

当時のクラリッサは面白い理論をもっていた――若者によくあるように、ふたりとも理論好きで、いつも理屈をこねまわしていたのだ。それは自分たちが感じていた不満を説明するためのものだった――人を知ることもできず、人から知ってもらえないという不満。(p270)

・二階建てバスからロンドンを見回しながら、昔こうやってクラリッサとデートしていたなあと思い出に浸るピーター。若い頃から今も続く、クラリッサの根底にある欲求がピーターの内で語られます。

 

バスに乗ってシャフッベリ・アヴェニューを走っていたとき彼女は言った、自分があらゆる場所に存在している感じがするの、と。「ここ、ここ、ここ」にいるだけじゃなく(と彼女は座席の背をたたいた)、あらゆる場所に。シャフッベリ・アヴェニューを走りながら彼女は手を大きく振った。わたしはあれ全部なのよ。だからわたしなり誰かなりを知るためにはその人を完成させている人たちを、そしてその人を完成させている場所も、見つけださなければならないのよ。(p271)

・若き日のデート中の一幕。バスの二階に乗って、ピーターとクラリッサはあれやこれやと議論を交わします。自分が生きているときに周りに与えた影響がひとりでに拡散し、さまざまな場所で沈着し、あらゆる場所に自分の何かが永遠に残される(チャート5"ちょうど靄が〜"項も合わせて参照)。そんな気がするから、その人にまつわる全てを内包してやっとその人という存在だと思う。どうしようもなく大きく実現困難な思想を語るクラリッサ。50歳を過ぎたクラリッサが今にパーティを開く理由だってこのためです(チャート24"おそらく捧げ物の〜"項)。

・生物や物事は、あらゆる事実を内包したその上にやっと存在できる。という考えは個人的にとても理解できる。

 

「お目にかかれてとてもうれしく思っています。そう申しあげなければならないと!」彼は手紙をたたんで、それを傍らに押しのけた。二度と読むものか!この手紙が六時までに届いているということは、おれがあの家を出たあとすぐに彼女は机にむかって書き、切手をはって、誰かに投函させたのだ。誰もが言うように、いかにも彼女らしい。おれが訪ねていって動揺したんだな。(p276)

・ピーターがダロウェイ邸から逃げ出した直後に気遣いの手紙をよこしていたクラリッサ。なんだか腹が立ってくるのもクラリッサの事を内心では真に理解してしまっているからです。その人の事を真に理解出来るからこそ、同族嫌悪に似た嫌悪すら抱けます。クラリッサはピーターを気の毒に思い、何を書けばピーターが喜ぶかをマジに考え、真剣に、本気で書いているのです。そしてピーターからすれば心情をまったく見透かされた割には本当に欲しいものはしっかり排除されているのですから、不機嫌にもなる。

 

彼は自分に大いに満足していた。モリス家の人たちが彼に好意をもってくれたから。たしかに彼らは「バートレット梨を」と言ったひとりの男に好意をもった。この人たちはおれに好意をもっている、と彼は感じた。クラリッサのパーティに行こう。(モリス家の人たちは去っていった。またどこかでお目にかかりましょう、と言いながら。)クラリッサのパーティに行こう。(p285)

・しかしピーター・ウォルシュ、食事を摂る様子がデキる紳士感溢れていたため、彼に見惚れたモブ一家に気に入られました。これにはピーくんもニッコリ。この年になったって、インド帰りの無名の失敗者だって、なんだかんだ誰かとの間に良い経験も起こるんやな。

 

何百万回となくくりかえすうちに、物事は新鮮味を失ってゆくと言われるが、より豊かになることもある。豊かになる過去、そして経験。ひとりふたりの人を愛し、若者には欠けている能力をそのうち身につけてゆく――物事を適当なところで切りあげたり、人の口など気にせずに自分がやりたいことをやったり、あまり期待をもたずに行動したり(彼は新聞をテーブルに置いて、そこを出た)。だけどおれは、今夜のおれはかならずしもそうじゃない(彼は帽子と上着を探した)。おれはこの年でパーティに行こうとしているんだ、なにか経験が待ちうけていると信じながら。だけど一体どういう経験が?(p289)

・クラリッサのパーティだってそう。謎に溢れた興味深い経験が待っているに違いありません。ピーター・ウォルシュはついにクラリッサのパーティへと向かう事を決めます。

 

さあ、いよいよパーティのゆらめく光、かがやく光のなかへと進んでいこう。彼の軽い外套が風にあおられぱっと広がった。彼はなんとも言えない独特のかっこうで――少し前屈みになり、両手を後ろにまわし、ちょっと鷹のような目つきで――軽やかに歩いていた。まわりを観察しながらロンドンの街を歩き、ウェストミンスターへむかう。(p290)

・パーティに向かい歩みだしたピーター。ピーターの最終決戦に向かう主人公感溢れる描写がすき。

 

こういった視覚的印象の冷たい流れをこれ以上知覚することはできない。目が陶器の茶碗だとするならば、その流れはあふれ出し、記録されないまま流れ落ちてゆく。さあ、頭をめざめさせなければ。体を引き締めなくては。玄関のドアがあけられたままの家、煌々と明かりがともった家に入ってゆくのだから。つぎつぎと自動車が止まり、派手に着飾った婦人たちが降りてくる。耐えられるものなら耐えてみよと魂をふるいたたせなければ。彼はポケット・ナイフの大きな刃をひらいた。(p292)

・いつものごとく、かのダロウェイ夫人のごとく、目に映るあらゆる景色や物事を感じながらダロウェイ邸の入り口へと一歩一歩足を進めるピーター・ウォルシュ。しかしそこに近づくにつれて、その感じる力もキャパシティも凍てつくように沈着していきます。最初に貰った武器を装備してラストダンジョンへ赴くインド帰り勇者。今までの人生すべてを以てクラリッサのもとへ向かいましょう。

 

 

■チャート30:ダロウェイ邸。パーティが始まりそこら中で大規模な同窓会みたいになる。

 

お客さまたちは晩餐を終えてこちらにあがっていらっしゃる、急いでいかなければ!そう思って彼女は、全速力で階段を駆けおりてきた。(p293)

・ダロウェイ邸ではパーティが始まり、ルーシーが次に使う部屋のメイキングを急げ急げと行っていました。たぶん作中で最も忙しい人。他の登場人物が全員スローペースなのにテキパキガチ走りムーブを見せるのはルーシーだけ!

 

総理大臣のひとりくらい増えても減っても大したちがいはない――結局、これがミセス・ウォーカーの感じていることの全部だった。(p294)

・ルーシーの同僚メイドたちも大忙し。厨房では食器洗いやら夜食作りやらでてんやわんや。そんな折に総理大臣までいらっしゃるそうよ!なんて言われても別に他と同じ扱いなプロフェッショナルの流儀。

 

なつかしい人ね、階段をのぼりながらレイディ・ラヴジョイはそう言った。昔、クラリッサの乳母だったのよ。(p297)

・ダロウェイ邸に勤めるメイドたちの面々の歴史が垣間見えるパート。パーティの時だけ雇われるミセス・パーキンソンやミスタ・ウィルキンズといった者がさらっと紹介される中、四十年ものあいだダロウェイ家に勤めた歴史を知る老メイド、エレン・バーネットさんの話がキュート。お客さんとしていらっしゃった方々み~んな私の娘みたいなもん!とばかりに旧知の仲の娘たち(とその子どもたち)におばあちゃんムーブで接します。パーティの客人のひとり、レイディ・ラヴジョイとその娘も旧知のエレンおばあちゃんにドレス直してもらったりクシ貸してもらったりでほんわか。

 

あそこ、あの部屋の隅で批判的に見つめているピーターの姿が目の端に見える。結局、なぜわたしはこんなことをするのだろう?どうして山の頂を求め、そのあげくに劫火にさいなまれるのだろう?いいわ、この身を焼き尽くすがいい。焼いて燃え殻にしてしまうがいい!(p298)

・そしてクラリッサ・ダロウェイ。来席者すべてに朗々と挨拶してみせる彼女に対し、それはかえって不純、欺瞞、偽善といった批判的な視線を投げかけるピーターの姿に気づきます。なんだか知らんが絶対そう思われているのです。確信。それだけでみじめな気持ちにさせられる。このパーティもきっと大失敗に終わってしまうでしょう。なんでしょうこのげっっっそりする感覚は。

 

パーティの時以外には言えないことも、パーティでは言える。むずかしくて言うのに苦労することでも言える。いつもより物事の核心へ達することができるのだ。しかしわたしにはそれは無理だ。とにかく、いまは無理だ。(p303)

・でも、パーティという気苦労の多い非日常の場だからこそ、クラリッサは自分自身がなにか別のものに変貌し、だからこそパーティではより物事や人々の核心を知ることが出来るのだと感じます。でも今はちょいちょいやらかしてるガバ(料理微妙に失敗してたりとか)のリカバリーの事を考えるとそれどころじゃないの…。

 

次から次へとこうしてお客さまが階段をあがってくるのを見ていると、なにかとても奇妙な感じがする。ミセス・マウントとシーリア、ハーバート・エインスティ、ミセス・デイカーズ――あら、レイディ・ブルートン!「お越しくださいましてとても嬉しうございます、」と彼女は言った。心からそう思っていた。(p304)

・昼食会に招待してくれなかった(あまつさえお互いギスギスしていた)事にずーっとモヤモヤしていた相手、レイディ・ブルートンが意外な出席を果たしてアゲアゲなチョロリッサ。

 

「クラリッサ!」その声は!サリー・シートンだ!サリー・シートン!なんて久しぶりかしら!靄のなかから昔の面影がぼうっと見える感じ。だってこんなじゃなかったもの、サリー・シートンは。(p304)

・昔ガチ恋していた元カノもやってきました。同じ屋根の下に居ると思っただけでも心底燃え上がっていたあの頃を思い、今の彼女は「まったく違う!」とひとつの感動を覚えます。でも、「大きな息子が五人いるのよ!」と真っ先にアピールしてくるサリーの単純な自己顕示欲はガチ恋していたあの頃のまんまです!サリー!

 

全知大慈悲の神であればお赦しになるだろうが、このおれはぜったい容赦などしない。世の中にはいろんな悪党がいるだろうが、列車で少女の脳天をたたきつぶした罪で縛り首になる悪党も、全体としてみれば、ヒュー・ウィットブレッドとあいつの親切ごかしほどの害をなすわけではないんだ。(p308)

・一方こちらはリチャードとピーターが再開。リチャードと会ってテンションアゲアゲイチャイチャをしたのち、同じく旧知の高級デブ・ヒューくんが抜群の自己顕示欲と承認欲求で俗物上級国民ムーブをひけらかしているのを目撃して怒涛の軽蔑disをおっぱじめるピーター。

・初登場時(クラリッサが花を買う前)のそこまで悪い人ではないという印象だったのが、作中通して項を経るごとにdisられまくるヒューの様子はある意味この作品における「鉛の輪が~」と同列の風物詩。

 

全世界のみなさん、どうぞお元気で、もうわたしは崖っぷちに来ていますので、お別れしなければなりません(p310)

・出席した総理大臣に付き添い歩きながら、周囲に自分の存在を振りまき、会場全体を満たさんとしているクラリッサの様子を見ながらのピーターのアフレコ。

 

「まあ、クラリッサ!」とミセス・ヒルベリーは叫んだ。今夜のあなたは、わたしがはじめてお会いしたときのお母さまにそっくりですよ――グレーの帽子をかぶってお庭を歩いていらっしゃったお母さまに。するとクラリッサの目にほんとうに涙があふれてきた。お庭を歩くお母さま!ああ、でも行かなければ。(p313)

・いつかは確実に死ななければならない。という問題に思い悩んでいるクラリッサでしたが、懐かしい母の想い出を共有する旧知の老女ミセス・ヒルベリーさんに元気づけられます。感極まって泣いてしまいそうになるクラリッサでしたが、会場の向こう側でお客様二人が口論しているのが見えたので、早々にリカバリーに向かいます。元気でなヒルベリーッ!

 

わたしはバッハが好きですわ、と彼女は言った。ハットンも同様だった。それがふたりの絆だった。そして(へぼ詩人の)ハットンはいつも、ミセス・ダロウェイが芸術に関心をもっている上流婦人たちのなかでもとびぬけてすぐれた人だと感じていた。(p314)

・口論に割って入ってリカバリーをするクラリッサ。個人個人の好み趣味趣向を覚えてパーフェクトコミュニケーションを与える鬼才を遺憾なく発揮します。

・(へぼ詩人の)←これいる?

 

あら、ピーターが来たわ。「ヘレナ叔母さんにビルマの話をしてくださらない」とクラリッサは言った。でもぼくは今晩、あなたとまだひと言も言葉をかわしていませんよ!「わたしたちはあとでお話しをしましょうね」とクラリッサは、彼をヘレナ叔母さんのところへ案内しながら言った。白いショールを身にまとい、杖をついている彼女のもとへ。「ピーター・ウォルシュよ」とクラリッサは言った。ヘレナ叔母さんにはぴんと来なかった。(p318)

・記憶の限りを用いて人と人とを繋げるクラリッサ。のこのことやってきた元カレを(昔その二人が仲良かった記憶があるので)ホイッと客人のおばあちゃんにあてがいます。ひどい。

・ただしピーターのことなので、クラリッサにこういう扱いをされるのは内心ちょっとだけ特別枠扱いに思ってまんざらでもなかったりしそうと個人的に思う。

 

「あそこにいるのはピーター・ウォルシュね!」とレイディ・ブルートンは言った(クラリッサになにを話したらよいか思いつかなかったから。彼女が好きではあったけれど。たしかに彼女にはたくさんの美点がある。でもわたしたちにはまったく共通点がない――わたしとクラリッサには。もしもリチャードが、あれほど魅力的ではなくても彼の仕事をもっと手伝える女性と結婚していたら、そのほうがよかったのかもしれない。入閣の機会を失ってしまったわけだから)。「ピーター・ウォルシュなのね!」と彼女は言いながら、その愉快な人――才能に恵まれ、当然名をなすべきだったのに、そうならずに終わった男(そしていつも女性と問題を起こしている男)――と握手をかわした。(p320)

・ついぞしっかりと相見えました昼食会に誘ってくれなかったレイディ・ブルートンとクラリッサ。リチャードいいよね…いいでしょ…とお話するも次の話題が見当たらず、結局先程適当に扱ったばかりのピーターにレイディ・ブルートンを奪われてしまう様子がキュート。

・(クラリッサになにを話したらよいか思いつかなかったから。)という補足がなんだか山田花子チックで良い。

 

クラリッサはふたりの傍らで足をとめた。「でもここにはいられないの」と彼女は言った。「あとでもどってくるわ。待っていてね」、ピーターとサリーを見ながら彼女はそう言った。このお客さまがみんな帰るまでふたりとも絶対待っていてね、という意味だった。(p323)

・元カレと元カノとの間に朗々として約束を立てるクラリッサ。たくさんのお客様たちがすべて出払ったら、昔そうしたように、このメンバーで集まりましょう。それまで二人で昔話(私たちのよく知る昔の)でもして、待っていてね。

 

 

■チャート31:クラリッサとセプティマス。二人の人生が邂逅し、共に未来へと進んでゆく。

 

リチャードに話しかけているその姿を見るとひどく不愉快になってくるのは、どうしてだろう?いかにも立派な医者という風貌だ――実際そのとおりだ。医者としてはまちがいなく一流だ、とても力がある。だいぶ疲れているようだ。だって、どんな患者が彼のところにやって来るか考えてみるがいい――不幸のどん底にいる人、狂気の淵にいる人、さまざまな夫と妻。(p325)

・クラリッサのパーティに来ていましたドクター・ブラドショー夫妻。な〜んだか雰囲気がどうも気に食わないけれど、たいへん有能なお医者さんです。どうやら議員であるリチャードに、シェルショックを患った人々の後遺症に関しての法案を考えるべく、あれやこれやと相談しているようでした。

 

「家を出ようとしたところに、主人に電話がかかってまいりましたの。とても悲しい出来事でしてね。青年が自殺したというのです(サー・ウィリアムがいまミスタ・ダロウェイに話しているのもその話題にほかならない)。軍隊にいた青年なんです」。ああ!わたしのパーティのまっただなかに死が入り込んできた、と彼女は思った。(p327)

・ブラドショー夫人の口から、ある患者(セプティマス)の自死を耳にしたクラリッサ。パーティの直前にこんな事が起こったなんて!。死に漠然とした無力感を抱くクラリッサにとってはそういった話題すら恐ろしいものです。ていうかなんで今そんな話するの。

 

思いがけずなにかの事故の話を聞かされると、いつもわたしはまず体で感じてしまう。ドレスが燃えあがり、体が焼ける感じ。窓から身を投げたそうだ。地面がぱっと浮きあがってくる。鉄柵の錆びついた忍び返しが、ぶざまに転落した体に傷口をあけ、刺しつらぬく。地面に横たわる肉体の脳の内部で、どく、どく、どく、という音が聞こえ、その後にいっさいを覆う闇が訪れる。(p328)

・ブラドショー夫妻が自分のパーティにそんな話題をお出しした事に少し憤慨しつつ、死に対するビジョンを自己の中に浸透させるクラリッサ。青年の死を通じて、自らの死生観に再度メスを入れます。

・ちょうどここを読む前日に同じような悪夢を見た。安楽死させられた自分がオートメーションで食肉加工されてた。

 

でも自殺したこの青年――彼は自分が大切に思っているものを抱えたまま飛びこんだのだろうか?「いま死ねば、このうえなく幸福だろう」と、かつてわたしは白い服をまとって階段をおりながら、心のなかでつぶやいたことがあった。(p329)

・ブラドショー夫妻から離れ、少しの間小部屋にこもり、死というものが、年を取るたびに失われてゆく大切なものを守るための挑戦なのだ。大切なものを守るためのコミュニケーションのこころみなのだと結論づけるクラリッサ。しかし彼(セプティマス)はどういった気持ちで死を選んだのでしょうか。それは本人にしかわかり得ないことでしたが、クラリッサはその一人の青年の自死から目を逸らさずに考えてみました。

・「いま死ねば、このうえなく幸福だろう」は若き日、サリーに熱を上げていた時期にサリーボルテージが最高潮に達していた頃ふと抱いた想い。本書籍p66あたり。

 

どういうわけかこれがわたしの不幸――わたしの恥辱なのだ。この深い闇のなかで、こちらでひとりの男が、あちらでひとりの女が沈み、姿を消してゆくのをながめるのが、わたしに課せられた罰なのだ。(p320)

・両親から愛いっぱいに授かった人生を、最後まで穏やかに生き抜くことがきっと不可能であるという漠然とした死に対する恐怖感や無力感に苛まれること。これはつまり、あらゆる人達の人生を吸って生きているような自分に課せられた一種の罰なのだろうと考えるクラリッサ。それが私のグリーンマイル。

 

わたしは彼を憐れんだりしない。こちらでは相変わらず喧騒がつづいているのに、と彼女はくりかえした。と、あの言葉が脳裏に浮かんできた、もはや恐れるな、灼熱の太陽を。(p332)

・やはり目に見える全ての光景を愛し、名も知らぬ青年の死をも愛したクラリッサ。もはや恐れるな。

 

どういうわけか自分が彼に似ている気がする――自殺したその青年に。彼がそうしたことをうれしく思う。生命をなげだしてしまったことをうれしく思う。時計が打っている。鉛の輪が空中に溶けてゆく。彼のお陰で美を感じることができた、楽しさを感じることができた。だけどもどらなければ。人びとのもとへ集わなければ。(p332)

・青年の突然の自死という、パーティに似つかわしくない出来事に折り合いをつけて、パーティの主催者たるクラリッサ・ダロウェイは人々の元へと戻り、パーティの仕上げに向かいます。セプティマス・ウォレン・スミスもまた、クラリッサ・ダロウェイの内外に、クラリッサを中心に拡散し続ける世界に蔓延する靄となって生き続けるのでした。

 

 

■チャート32:元カノサリーと元カレピーター、クラリッサを待ちぼうけ。

 

心から愛おしく思える。わたしの青春とつながっている人だから。この人からもらったエミリー・ブロンテの小型本はいまだにもっている。本を書くと言っていたはずだ、たしか?あのころは本を書くつもりになっていた。「本はお書きになったの?」、片方の手をひろげ、そのがっしりとした形のよい手を、昔を思い出させるような仕草で彼の膝に置いて、彼女はそう言った。「一行も!」とピーター・ウォルシュは言った。彼女は笑った。(p335)

・クラリッサを待っている間、ピーターとサリーは親友同士の思い出話に花を咲かせます。昔の様子と比べて変わった所、衰えてしまった所、昔と変わらず魅力的な所、新しく身につけた魅力を互いに感じ合うように。

 

「ええ、わたしの年収は一万ポンドですよ」(p335)

・そういえばサリーが結婚したのは知ってたけれど、相手がどんな人なのかはよく知らないピーター。クラリッサに聞いたんだけどすっげえ金持ちなんだって?とそれとなく訊ねるインドの失敗紳士ピーターに対して年収マウントをとりはじめるサリー。やめろよ。(夫がお金を全部管理しているから二人の年収の合計が)一万ポンドというレトリックだったけどトンデモ金持ちなのは変わりない。

 

ああ、田舎にいて好きなことをしているほうが、ずっと楽しいでしょうに!ああ、かわいそうに、わたしの犬が吠えているわ、とエリザベスは確信した。(p336)

・ピーターとサリーがふと目をやると、パーティの喧騒に揉まれながらすんごいつまんなさそうにしてる美少女を見つけます。クラリッサの娘エリザベスです。

 

クラリッサにちっとも似ていませんね、とピーター・ウォルシュは言った。(p336)

・小並感

・こいつ数時間前にその子見せつけられてダッシュでこの邸宅から逃げ出しましたよ。

 

ヒュー・ウィットブレッドだ。白いチョッキを着てぶらぶらと通り過ぎてゆく。ぼんやりとし、太って、鈍感になって、外見だけで中身はからっぽ。あるのはただ自尊心と能天気だけ。「わたしたちのことわからないでしょうね」とサリーは言った。正直なところ、話しかけてみる勇気はないわ。でもあれはヒューね!ヒュー閣下ね!(p338)

・さっき通路を通り過ぎてゆくのがチラッと見えた高級デブ。あれはヒューに違いない!サリーは旧友ヒューの事をボロクソにけなしつつ、自分と(少なからず劣等感を抱いている)ピーターの階位を同じく寄り添うように、「わたしたち」と表現します。

 

ピーターはいまだに口が悪い!だけどほんとうのところを教えてくださいよ、とピーターは言った。あのキスの件を、ヒューにされたというあの。唇にされたわよ、彼女は断言した。いつかの晩、喫煙室で。腹が立ってクラリッサのところへ飛んでいったの。ヒューがそんなことするはずがないわ!クラリッサはそう言った。立派なヒューがって。(p338)

・ヒューは今何をしているんだろう?という疑問に、王様の靴でも必死に磨いてんじゃない?wと冗談を抜かすピーター。自分の悪態スキルの師匠はおまえだとばかりに自分を棚に上げて感動するサリーでしたが、彼女がヒューを嫌う理由がもうひとつ深彫りされました。若き日のやらかしデブ。それはあかんでしょ(クラリッサにはキスするけど)。

 

ダロウェイ夫妻は一度もサリーを訪ねたことがなかったのだ。何度もお招びしたんだけど。クラリッサには(むろん原因はクラリッサにあるのだから)来る気がないんですよ。だってクラリッサは心の底では俗物ですから――絶対に俗物だわ。(p339)

・この年になってロンドンに帰ってきて身寄りのないピーターに、是非とも何週間でも泊まりなさいな、いやマジで来なさいな、と家に招待しようとするサリー。泊まるといえば、そういえばクラリッサって誘っても家に来てくれる事はありませんでした。きっと私が身分違いの男と結婚したと思って私を避けてるんだわ!わたしの旦那はすごいのに!ほんとすごいのよ!立派なのに!そんなだから疎遠になっちゃったんだわ…とまくしたてるサリー。ピーターはそれを聞き、クラリッサはうまいことサリーの面倒くさい部分から逃げおおせたんだなあ、とこっそり感心します。

 

ぼくにとって人生は単純なものじゃなかったのです、とピーターは言った。ぼくとクラリッサの関係も単純なものじゃなかった。それでぼくの人生は台無しになったんですよ、と彼は言った。(おれたちはとても仲よしだった――いまさらおれとサリー・シートンの間柄で、あのことに触れないのは馬鹿げている。)(p343)

・クラリッサとの恋を破滅させてしまったピーターと、それに至るまでの様子をしっかりと覚えているサリー。クラリッサの元カレと元カノ同士、腹を割って話せる関係です。クラリッサという女性に深く触れた事で、自分らの人生はどういう歩み方をしたのかと、互いに振り返ります。

 

わたしたちってみんな囚人じゃなくって?独房の壁を爪で引っ掻く男を主人公にした素晴らしいお芝居をまえに読んだことがあるけれど、わたしそれが人生の真実だって感じたわ――誰もが壁を引っ掻いているんだって。(p344)

・わたしたちは結局、毎日一緒に暮らしている人の事すら真にはわかっていないのだと人生観を振り返るサリー。人間ってほんとうに難しいものね。

 

いまのところはね、とピーターは認めた。だけど他人のことはなにもわからないという意見には同調できないな。われわれにはすべてがわかるんですよ、と彼は言った。少なくともぼくにはわかる。(p345)

・それじゃあ、あのひとたち(リチャードに話しかけているブラドショー夫妻)についてなにがわかるというの?という問いをピーターに投げかけるサリー。「ふたりがとんでもないいかさま師だってことさ」とピーターはサリーと同一の意識を言い当ててひとつの冗談とし、そして年を取ってきたからこそ、人を観察し理解できるようになる。という着地点を人生の真理としました。若いときには気持ちが高ぶりすぎていて、人の事を知るのは困難だったのです。でも年を取った今なら。

 

誰にも話しかけてもらえなかったけれどもほとんどいちばん最後まで残っていたエリー・ヘンダソンさえ出てゆくところだ。彼女はイーディスへの土産話として全部を見ておきたかったのだ。(p347)

・パーティも終わり、皆が帰ってゆきます。閉店BGMが流れるデパートみたいな。そしてこの物語も同じく終幕へ。

 

言うつもりはなかったが、言いたい気持ちを抑えることができなかった。お前を見ていたんだよ、と彼は言った。あの美しい娘は誰だろう?と思いながらね。そうしたら自分の娘だったんだ!それを聞いて彼女は幸福だった。でもかわいそうに、わたしの犬が吠えている。(p347)

・パーティが終わり、残された家主リチャードとその娘、エリザベス。もともと乗り気でもなかったふたり、パーティが終わって清々していました。シレっとクラリッサに「愛してる」と言えなかった男が、娘の美しさに見惚れちゃったゾ(本気)とまで表現。良いことはありました。でも犬は放置されててかわいそうだからはやく見に行ってあげたい。ともかくパーティ終わったねやれやれ。

 

「リチャードは昔よりよくなったわね。あなたのおっしゃるとおりだわ」とサリーは言った。「言って話をしてくるわ。お別れを言ってくるわ。心にくらべれば」とレイディ・ロセターは立ちあがりながら言った。「頭なんか問題じゃないのよ」

「ぼくも行くよ」とピーターは言ったが、ちょっとのあいだそのまますわっていた。このぞっとする感じはなんだろう?この恍惚感は?彼は心のなかで思った。おれを異様な興奮でみたしているのは何だろう?

 クラリッサだ、と彼は言った。

 そこに彼女がいたのだった。(p347)

・ラストシーン。時間も遅くなったため、サリー・シートンは再びロセター夫人となり、リチャードに別れの挨拶をしにいくために席を立ちます。ピーターも続いて立ち上がろうとした時、ようやく…。その瞬間を以って「ダロウェイ夫人」の物語は終結します。


誰にも話しかけてもらえなかったけれどもいちばん最後まで残っていたバッソニャンさえ出てゆくところだ。次回総まとめ。