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低脳と読むV.ウルフ「ダロウェイ夫人」⑤

最愛のあなたへ。

 

読みたいけど読みにくい。そんなウルフ作品を楽しもうと、グッと来た文章や表現を書き留めつつ、物語の進行チャートみたいなものを作ろうとする試み。

主観や推測だらけで勘違いもきっともりもり。ウルフはWolfじゃなくてWoolfなのがすき。

V(ヴァッソニャン).


[ダロウェイ夫人](集英社文庫 丹治愛訳)

イチャイチャ(?)ダロウェイ夫妻からセプティマス鳥人間コンテストまで。


~おもな登場人物~

クラリッサ:主人公。熱狂的なキルマンアンチ。数時間前に花を買ってきた。

リチャード:クラリッサの夫。照れ屋なナイスミドル。こいつも花を買ってきた。

エリザベス:クラリッサとリチャードの娘。東洋的美貌を身に着けた神秘的ガール。

キルマン:エリザベスの家庭教師。熱心なキリスト教徒かつ嫉妬深く熱狂的なクラリッサアンチ。

セプティマス:シェルショックを患うナラティブソルジャー。裏主人公。

ルクレイツィア:セプティマスのイタリアン妻。帽子作りがお上手。

ホームズ:セプティマスの担当医。人間性を捧げよ。


~チャート~

■チャート1:クラリッサ・ダロウェイ51歳、パーティー用の花を買うためにロンドンの街に繰り出す。

■チャート2:花屋に向かう道をのんびり歩きながら、あれこれと考えてみる。

■チャート3:元カレの事を思い出したらイライラしてきましたわ!

■チャート4:クラリッサ・ダロウェイ、ヒア・アンド・ナウを愛していると自覚する。

■チャート5:生きる事で、死について気づく。

■チャート6:さて、えーっと。花屋に向かいましょう(本屋を見ながら)。

■チャート7:夫人、花購入RTA完走。代わりの主人公セプティマスが登場。

■チャート8:セプティマス・ウォレン・スミス、甲斐甲斐しい妻に付き添われお散歩中。

■チャート9:女王陛下の車(たぶん)、走るだけで多大な影響を与える。王室パワーを垣間見よ。

■チャート10:孤独にがんばるルクレイツィア。イギリスってクソだわ!

■チャート11:ロンドン一般市民ガチャSR文豪デンプスターさん登場。濃いモブたちの内省の様子。

■チャート12:ダロウェイ夫人帰宅直後スネる。老いに怖気づく。

■チャート13:クラリッサ、エキセントリックな元カノ・サリーちゃんに思いを馳せる。

■チャート14:元カレピーターくん、ダロウェイ邸に突如襲来。

■チャート15:ピーター、ダロウェイ邸から逃走し物思いに耽る。

■チャート16:ピーター、スミス夫妻をガン見してたのしむ。

■チャート17:ピーター、三十年ぶりの今になって、旧友たちを再認識する。

■チャート18:ピーター、苦しみながらも自身の本質を受け止める。

■チャート19:レイツィア、イキる。横に居る夫の過去回想。

■チャート20:WWⅠ。射線上のエヴァンズ、セプティマス。

■チャート21:セプティマスの想い。

■チャート22:十二時。一方その頃クラリッサ。そしてスミス夫妻の絶望。

■チャート23:リチャード&ヒュー、昼食会をたのしむ。デブのヒュー、とことん嫌われる。

■チャート24:リチャード・リア充・ダロウェイ、ノリでクラリッサ用の花を買って帰る。

■チャート25:クラリッサ、脳内元カレと脳内旦那に糾弾されつつもパーティーを開く意義を自己弁護。

■チャート26:ミス・キルマンの不幸自慢大会勃発。クラリッサとギスりつつエリザベスと買い物へGO。

■チャート27:セプティマスの故郷を引き返し帰路につくエリザベスの人生設計。

■チャート28:セプティマスの死。


■チャート25:クラリッサ、脳内元カレと脳内旦那に糾弾されつつもパーティーを開く意義を自己弁護。

 

その波動はいったん退き、また寄せて高まり、もう一度くだけ落ちた。と、そのときドアのところでなにかまさぐるような、なにか引っかくような、気にさわる音がきこえた。こんな時刻に誰かしら?おやまあ三時!もう三時なのだ!(p210)

・みんな(ウルフと読者と登場人物)だいすきビッグ・ベンの鐘の音。なんと花束を差し出しながら、(私を招待してくれなかった)レイディ・ブルートンの昼食会に行っていた旦那が入ってきます。なにごとっ?

 

きれいね、と花をうけとりながら彼女は言った。わかってくれている。おれが口にしなくてもわかってくれている。おれのクラリッサは。(p211)

・あれだけ意気揚々とやってきたものの、胸に用意していた一言を直前で恥ずかしくなり言えなかったリチャおじ。マントルピースの上(ウルフ作品頻出スポット)に花を飾り、お互い募る話に心急かされます。ピーターのこととかピーターのこととか。

 

でもふたりとも間違っているわ。わたしが求めているのはただ人生だけなのだから。「わたしがパーティをひらくのはそのためなの」と、彼女は声に出して人生に話しかけた。(p216)

・何かを言おうとモニョりながら(結局何も言わず)部屋を出ていったリチャードを見送り(すぐにクラリッサのお昼寝用の枕持ってきてくれたけど)、リチャードもピーターも、色んな苦労を買ってまでパーティを開こうとする自分を静かに批判しようとしているんだわ…!とひとりモニョりはじめるクラリッサ。

・脳内ピーター「この出しゃばりッ!偉い人たちに囲まれたいだけの俗物めッ!」

・脳内リチャード「病み上がりなんだから心臓に負荷を与えるような刺激的なイベントは控えた方がいいよ!さて昼食後はお昼寝タイムだ!お医者さんの言うとーりにね!」

 

おそらく捧げ物のための捧げ物だ。とにかくそれがわたしの天賦の才能。ほかにはどんな些細な才能もまるでない。考えることも、書くことも、ピアノを弾くことさえできない。アルメニア人とトルコ人をとりちがえ、成功を愛し、不快を嫌い、人から好かれてなければ承知せず、ばかばかしいおしゃべりを延々とつづける。この年になってもまだ赤道がなんなのかもわからない。(p218)

・自分がパーティをひらくのは、捧げ物なのだと哲学(及び自己弁護)するクラリッサ。誰々が今どこに居て、誰々は今どこに居る…ということを、関わった人々すべての存在を、絶えず認識しているクラリッサ(チャート17”おれは彼女が青二才をつかまえ~”項)。他には何の才もない。そのクラリッサだからこそ、その人々を一緒に集め、結び合わせ、なにかをつくりだす事を良しとしているのだろうと自己を鑑みます。

 

こういった一日の出来事のあとでは、死が、こういったことに終わりがあるなんて、とても信じられなくなる!どれほどわたしがこういったもののいっさいを愛しているか、世界中の誰にもわからないだろう。どんなに一瞬一瞬を愛しているか……(p219)

・花を買いに行き、公園を歩いて、ヒューに会って、不意にピーターが尋ねてきて、リチャードのばらの花。そういったひとつひとつのヒア&ナウを「それでじゅうぶん」だと愛するクラリッサ。

 

 

■チャート26:ミス・キルマンの不幸自慢大会勃発。クラリッサとギスりつつエリザベスと買い物へGO。

 

ミスタ・ダロウェイは、公平に見て、親切な方だ。でもミセス・ダロウェイのほうはちがう。たんに恩着せがましいだけ。夫人はあらゆる階級のなかでももっとも下らない、生半可な教養しかもっていない金持ち階級の出だ。(p220)

・世界中の誰にもわからない例。エリザベスの家庭教師、ミス・キルマンから見れば、クラリッサはただのアホ貴族でした。(リチャードは非常に苦しい生活をしていた時に家庭教師として雇っていただいた礼もあるのでマジリスペクト。)

 

愚か者!間抜け!悲しみも喜びも知らぬ者!人生を無為に過ごす者!彼女の心のなかにこの女を打ち負かし、その仮面をはぎとりたいという圧倒的な欲望が立ちのぼってきた。(p223)

・ちょっと前に教会で神のお導きを得たのでガンギマリなミス・キルマン。大のクラリッサアンチです。キリスト教の前にひれふせ~ッ!

 

クラリッサはほんとうに衝撃をうけた。これがキリスト教徒ですって、こんな女が!こんな女がわたしから娘を奪ったとは!(p224)

・一方クラリッサの方も熱心なミス・キルマンアンチでした。ミス・キルマンの自分に向ける敵対的な視線に刺し貫かれショックを受けるクラリッサ。(おま…っおまえ私夫人やぞッ?ダロウェイ夫人やぞ…?!リチャードの夫でエリザベスの母親なのにそんな睨み方する…?!)

・もちろんクラリッサの方はギスった心情を分かりやすく表には出しません。外面上は親切に接するように努力しています。

 

このごろは、エリザベスをべつにすれば、食事のために生きている気がする。たしかに楽しみといえば、夕食とお茶と夜の湯たんぽ。(p230)

・醜く貧乏な自分のエッセイストみたいな内省をやり、己の不幸さや周りとの差(とくに身近なクラリッサはその対象第一位。)に怒り嫉妬するミス・キルマン。夕食とお茶と夜の湯たんぽ記念日。たわらキルマン。もうこうなりゃ宗教的な理由をつけて信仰にかまける他ないのです。

 

呆然と物思いにふけっているキルマンは、まるで大きな子どもか操舵困難な軍艦のようだった。ペチコートは茶色のもの、品のいいもの、縞柄のもの、うわついた感じのもの、頑丈そうなもの、薄っぺらなもの、いろいろあった。彼女はうわの空のまま、もったいぶった手つきで選んでいたが、そんな彼女を見て店員の女は、この人は頭がおかしいのかしらと思った。(p231)

・エリザベスとデパート散策に着たミス・キルマン。ずーっと上の空で宗教的な事やクラリッサの事や自分の醜さと不憫さについて考え事中です。突然現れてはド率直な感想を述べる店員さんが魅力。

 

ミス・キルマンはお腹がすいているのかしら、とエリザベスは思った。それほど彼女の食べ方は独特だったのだ。勢いよく食べ、それから隣のテーブルのうえの砂糖をまぶしたケーキのお皿に何度も目をやった。そこに婦人と子どもが腰をおろし、子どもがそのケーキを食べはじめたが、いったいミス・キルマンはほんとうにそのケーキがほしかったのだろうか?そう、たしかにミス・キルマンはそれが食べたかった。ほしかったのだ――そのピンク色のケーキが。食べる快楽は、彼女に残されたほとんど唯一の快楽だったから。けれどそれすらも思いどおりにならないなんて!(p232)

・いろんな人に様子を観察され推測を与えられるミス・キルマン。現代に居ればマクドナルドでひとりドカ食い気絶してそう。

 

 

■チャート27:セプティマスの故郷を引き返し帰路につくエリザベスの人生設計。

 

だけどみんながわたしを百合の花にたとえるし、わたしはパーティに行かなければならない。お父さまや犬たちと一緒に田舎で過ごすのに比べれば、ロンドンでの生活はなんとも味気ない。(p240)

・ミス・キルマンと別れ、外の空気を心地よく浴びながら帰路へとつくエリザベス。あくまで一定の社会的ロールを求められる事に悩むエリザベスの田舎暮らしの夢は、奇しくもピーター・ウォルシュがリチャードに抱いていた「あいつは議員なんかやらずに田舎にいた方が幸せだろう」という推測と同一のもの。

 

向こう見ずで、悪辣で、無慈悲に追い迫り、危険な追い越しをし、大胆に乗客をひっさらい、あるいは無視して走り過ぎ、横柄にも狭い隙間をウナギのように身をくねらせながら進み、傲慢にも帆をいっぱいに広げて全速力でホワイトホールをつき進む海賊船。(p241)

・これなーんだ。

・帰りのバス。

・バスの走りにその身を奮わせ乗馬のように楽しむエリザベス。今すぐ家に帰る気分でもないし、もっと先まで乗り過ごしてみようかしら。

 

でももちろんダロウェイの家系には公共に奉仕する伝統が流れている。女子修道院長、大学の女子学寮長、婦人団体の責任者――誰ひとりとってもそれほど有能というわけではないけれど、そういう職についてきた。(p246)

・ストランド(セプティマスの故郷)をバスで突っ切りながら、どうしても農場主か医者になろうと将来設計を繰り広げるエリザベス。自分が母や周りの人々から何を求められているかに関してはある程度理解を示しつつ、それはそれとして自分の人生を明確に組み立てます。お母さまは反対なさるかもしれないけど、あんなことやこんなことをやりたい。…そんなことを考えているうちに時間も遅く。先程突っ切ったストランドを戻って帰りましょう。

 

 

■チャート28:セプティマスの死。

 

最近は理由もなく突然興奮し(ホームズ先生もブラドショー先生も興奮がいちばんよくないと言っているのに)、手を振り、大声で叫ぶようになった。ぼくは真実を知っている!ぼくにはすべてわかった!あの男が、戦死した友人のエヴァンズがやって来た、とも言った。(p249)

・そんな午後のストランドに居ましたウォレン・スミス夫妻。病状はいささか悪化しており、これから夫婦は離れ離れで暮らさなくてはならないのかもしれません。来たる孤独感によりいっそう怯えるレイツィアでしたが、セプティマスは昔の様子に戻ったかのようにレイツィアに話しかけます。

 

ミセス・フィルマーの結婚した娘さんのために帽子をこしらえているんだ。名前はたしか……忘れてしまった。「ミセス・フィルマーの家の結婚した娘さんはなんて名前だったっけ?」と彼はたずねた。「ミセス・ピーターズよ」とレイツィアは言った。ちょっと小さすぎたかもしれないわ、と帽子を胸のまえにもちあげながら彼女は言った。ミセス・ピーターズは大柄な人だから。(p251)

・帽子を作るレイツィアの様子に感嘆し、落ち着き、安らいだ気持ちで妻に話しかけるセプティマス。その後も何気ない会話が続いていきます。「今朝もブドウをくださったわ」「ほんとうかい?」「あの人は口が悪いのよ」「ミスタ・ピーターズはなにをしている人なの?」。

 

「ミセス・ピーターズには小さすぎるよ」とセプティマスは言った。ここ数日ではじめて昔のようにしゃべっているわ!ええ、もちろん。笑いたくなるほど小さいわ、と彼女は言った。だけどそれを選んだのはミセス・ピーターズなのよ。彼はそれを彼女の手からとった。まるで手回しオルガン弾きが連れているお猿さんの帽子だね。その言葉はなんと彼女を喜ばせたことか!ふたりでこんなに笑ったのは何週間ぶりだ。夫婦らしく内緒で誰かを笑いぐさにして笑ったのは。内緒でというのは、もしもミセス・フィルマーかミセス・ピーターズが入ってきても、自分とセプティマスがなにを笑っているのか、わからないから。(p253)

・キレッキレのセプティマスジョークで妻を喜ばせる復活ナラティブソルジャー。「そんなデブちゃんがこんな可愛らしい帽子かぶったら定期市の売り物の豚だよ~~~」「草」その姿はかつて自分が惚れた男そのもの。セプティマスが復活したんだわ!もとに戻ったんだわ!

 

そう、この帽子を見るたびにわたしは幸福を感じるだろう。これをつくったとき、あの人はいつものあの人だった。(p256)

・セプティマスの様子が、自分の好きだった彼のように戻り、今やっと待ち望んでいた幸福を噛みしめるレイツィア・ウォレン・スミス。それは今までの夫の錯乱や狂気すべてまでも愛おしく感じてしまえるほどの幸福でした。夫婦二人の、希望の未来が見えてきました。

 

たとえあの人たちがあなたを連れていっても、わたしも一緒についていくわ、と彼女は言った。(p262)

・今にもブラドショーの使いの者かホームズがやって来て、セプティマスを療養所に連れて行こうとすることでしょう。(なんで?)あなたが自殺する自殺するって言うからでしょ!ww。と軽口を叩ける安心感すら得ていたルクレイツィア。幸福な夫婦であるために、一蓮托生。二人共に居る決心をします。そして、「人間性」たるホームズ先生が訪ねて来ました。「正しく存在する人間」が、「人間性」が、「裁き」にやってきました。

 

ホームズがのぼってくる。やつはドアを勢いよくあけるだろう。「怯えてるのか?ええ?」と言うだろう。そしてぼくをつかまえるだろう。だが、そうはさせない。ホームズにもブラドショーにも。彼はふらふらしながら立ちあがり、というより右足と左足で交互に跳ねているようだったが、柄のところに「パン用」と彫ってある、ミセス・フィルマーのきれいなパン切りナイフを思い浮かべた。ああ、でもあれを汚しちゃあ悪い。じゃあ、ガスは?手遅れだ。もうホームズが来てしまう。剃刀があったかもしれない。だけどレイツィアが荷造りしてしまった、いつものように。残るは窓だけだ。ブルームズベリの下宿屋の大きな窓。その窓をあけて飛びおりるなんて、面倒で厄介でいかにもメロドラマチックな行動だ――あいつらにすれば悲劇なのだろうが、ぼくとレイツィアにとってはそうじゃない(彼女はぼくの味方だから)。とにかくホームズとブラドショーはその種の悲劇が大好きだ。(彼は窓枠に腰かけた。)だが最後の瞬間まで待とう。ぼくは死にたくはない。人生はいいものだ。太陽が熱い。ただ人間というのは――いったいやつらはなにがほしいというんだろう?向かいの家の階段をおりてゆく老人が足を止めて、こっちを見つめている。ホームズはドアのところまで来た。「これをうけとるがいい!」と彼は叫んで、勢いよく、乱暴に身を投げた、ミセス・フィルマーの家のまえの鉄柵めがけて。「臆病者め!」と、ドアを勢いよくあけながらホームズ医師は叫んだ。レイツィアは窓へ駆け寄って、見た。そして理解した。(p264)

・基本的に山なし、谷なし、何も起こらない「ダロウェイ夫人」の作品中に存在する唯一の「出来事」。


隣の机にさかえ屋なんばん往来が置いてあったら、おれだって恨めしそうに何度も見る。つづく?