最愛のあなたへ。
読みたいけど読みにくい。そんなウルフ作品を楽しもうと、グッと来た文章や表現を書き留めつつ、物語の進行チャートみたいなものを作ろうとする試み。
主観や推測だらけで勘違いもきっともりもり。ウルフはWolfじゃなくてWoolfなのがすき。
V(ヴァッソニャン).
[ダロウェイ夫人](集英社文庫 丹治愛訳)
せぷちー夫婦登場からダロウェイ夫人帰宅まで。
~おもな登場人物~
セプティマス:シェルショックを患うナラティブソルジャー。裏主人公。
ルクレイツィア:セプティマスの妻。小柄で可愛らしいイタリア人。
ホームズ:セプティマスの治療を担当する精神科医。
エヴァンズ:セプティマスの戦友。故人。頭の中で地獄に手まねきしてくるナイスガイ。
クラリッサ:花を買いに行って帰ってきましたわよ。主人公ですわよ。
~チャート~
■チャート1:クラリッサ・ダロウェイ51歳、パーティー用の花を買うためにロンドンの街に繰り出す。
■チャート2:花屋に向かう道をのんびり歩きながら、あれこれと考えてみる。
■チャート3:元カレの事を思い出したらイライラしてきましたわ!
■チャート4:クラリッサ・ダロウェイ、ヒア・アンド・ナウを愛していると自覚する。
■チャート5:生きる事で、死について気づく。
■チャート6:さて、えーっと。花屋に向かいましょう(本屋を見ながら)。
■チャート7:夫人、花購入RTA完走。代わりの主人公セプティマスが登場。
■チャート8:セプティマス・ウォレン・スミス、甲斐甲斐しい妻に付き添われお散歩中。
■チャート9:女王陛下の車(たぶん)、走るだけで多大な影響を与える。王室パワーを垣間見よ。
■チャート10:孤独にがんばるルクレイツィア。イギリスってクソだわ!
■チャート11:ロンドン一般市民ガチャSR文豪デンプスターさん登場。濃いモブたちの内省の様子。
■チャート12:ダロウェイ夫人帰宅直後スネる。老いに怖気づく。
■チャート8:セプティマス・ウォレン・スミス、甲斐甲斐しい妻に付き添われお散歩中。
道をふさいでいるのはこのぼくなんだ。ぼくはみんなから注視され、非難の指をさされているのではないか?ぼくはなにかの目的のために、ここで舗道に釘づけにされているのではないか?だけどなんの目的だろう?(p32)
・登場するやいなやバリバリの統合失調症っぷりを見せつけてくれるセプティマス。前の戦争でシェルショックを患ってしまいました。前回高級車のパンクによって出来た目の前の人だかりはひょっとすると、自分の何かがいけないせいなのではないかと妄執に囚われます。ちなみに妻・ルクレイツィアに付き添われて心療のお散歩中です。精神科の先生に外の景色でも見せときなさいと助言されているので。
■チャート9:女王陛下の車(たぶん)、走るだけで多大な影響を与える。王室パワーを垣間見よ。
ことの真相は、時の廃墟をふるいにかける好奇心ゆたかな考古家たちが明らかにするだろう――いずれロンドンが草むす小道となり、この水曜の朝に舗道を急ぐ人がみな白骨と化し、二、三個の結婚指輪や無数の虫歯の金の詰め物とともに土へ還るときになって。(p34)
・実際の人だかりの方はと言うとセプティマスなど眼中になく、さきほどの高級車に乗っていたのが女王陛下だったのか、皇太子殿下だったのか、「総理でえじん」か、はたまた誰だかの議論に夢中になっていました。なんだか高貴な王室的雰囲気に勝手にありがたみを感じて沸き立っております。イギリス人ってこうなのかも。イギリスには1人も友人がいないルクレイツィアは王室パワーを特別感じず、夫の腕を取りそそくさと横断歩道を渡ります。
・天皇陛下の乗った車が目の前通ったらそりゃ多少なりとも沸き立つでしょうけど、外人からすると別段なんでも無いお話かもね。
たぶん女王陛下、花をかかえてマルベリー花店から出てきたミセス・ダロウェイはそう思った。女王陛下だわ。(p35)
・例に漏れず、この人も高級車の正体や真相を予想し始めます。その答えは女王陛下(決めつけ)。そして女王陛下が病院にお見舞いにいらっしゃるのだ(決めつけ)、バザーにおでかけになられるのだ!(決めつけ)。女王の威光に勝手に触れ、クラリッサも厳かな気持ちになって緊張してします。なにせ、女王陛下と同じ様に(決めつけ)今夜自分はパーティーを開くのだから。女王陛下もがんばっていらっしゃるのだから、私もしっかりしなくちゃ。
・このあたりから8ページくらい延々とそこらへんの英国国民に一人ひとりにスイッチしながら、敬意や憧憬といった王室大好きアピールが続きます。
・ついでにイギリスや王室にさほどよい感情を持っていない男がつい悪態をついて愛国心あふれるロンドン市民にぶん殴られたりします。王室の威光にひれ伏せ!
■チャート10:孤独にがんばるルクレイツィア。イギリスってクソだわ!
ああやってと、セプティマスは空を見あげながら思った、彼らはぼくに合図を送っているのだ。現実の言葉でじゃない。だからぼくにはその言葉がまだ読めない。だけどこの美しさ、この妙なる美、それはじゅうぶんに明白だ。煙の文字が薄れ、空に溶けてゆくのをながめるうちに、彼の目にはなみだがあふれてきた。その言葉は、尽きることない慈しみと笑いにみちた優しさをとおして、想像できないほどのうつくしい形をつぎからつぎへとさずけている。そして美を、無償で、永久に、ながめるだけのものとして、ぼくにあたえようという意志を伝えているのだ!涙が彼の頬をつたって落ちた。(p43)
・突如現れた飛行機が、煙の文字を書いていきました。さっきまで車の話をしていた皆も高級車のことなんか忘れて、空を見上げて文字のつづりを確かめ始めます。
・ダロウェイ夫人とはまた違った方向性で、今を「感じる」せぷちー。なんだか破滅的、衝動的な空想をするのがクラリッサとの対象的なところ。
男が、自殺するなんて言うのは、卑怯だ。でもセプティマスは戦争に行き、勇敢に戦った。あの人はもうセプティマスじゃないんだ。(p46)
・故郷イタリアから離れ、孤独に夫を支えるルクレイツィア。これほど尽くしている自分の事を感じようとせず、虚空を見つめ空想に浸るセプティマスの様子を見て、ついに参ってしまいました。公園のベンチに腰掛ける夫から離れて、噴水のところまで行ってちょっと泣きに行きます。私には彼が必要なのに、彼には私など見えてすらいない。イギリス人たちはこんなしみったれた公園の植木鉢のショボい花見ながら考え事するのがそんなに好きなの?みーんなそう!ミラノの庭園を見ろ!見に来い!!そうはならんから!!!
誰もいない。彼女の言葉は消えてゆく。打ち上げ花火もそんなふうに消えてゆく。その閃光は大気をこすって夜空へ達したあと、そこに呑み込まれる。(p47)
・ひとり不満爆発し、ふと言ってしまった「なぜってミラノの庭園をご覧になるといいわ」という言葉も誰も、感じてくれない様子。周りに誰も居ないわけじゃないんです。誰も感じてくれないだけで。孤独なイギリス。ここが私のアナザースカイ。
・ビッグベンの鐘の音だったり、言葉や煙が空気や大気の中に溶けていく描写がすき。
が、突然彼女は、あたかも岩棚に足場を得たかのように、わたしはあの人の妻だもの、と言い出す。何年もまえにミラノで結婚した妻だもの、あの人が狂っているなんて絶対に言わない!けれども振り向くと、岩棚は崩れた。彼女は下へ下へと落ちていった。セプティマスがいなくなった、と思ったのだ。どこかへ行ってしまった、するぞするぞと言っていたその言葉どおり、ほんとうに自殺をするために!(p48)
・するぞするぞが個人的にツボ。シェルショックを患ってからというものの、セプティマスは事あるごとに自殺願望を口にしていたようです。夫が突然自殺してしまうのを懸念し続ける生活を送るレイツィアの心はボロボロです。何をするにしても致命的になってしまう夫の事が常に気がかりなんです。
・ちなみにこの時レイツィアが想像したセプティマスの自殺方法は「荷馬車の下に身を投げる」でした。
ここにぼくの手がある。そして死者がいる。正面の柵の背後になにか白いものが集結している。だけどぼくには見る勇気がない。エヴァンズが柵の背後にいるんだ!「なにを話しているの?」、不意にレイツィアが言って、彼の傍らに腰をおろした。また邪魔された!こいつはいつも邪魔ばかりする。(p49)
・せぷちー、普通にベンチに腰掛けてました。いなくなってないです。いつもどおりなにやらぶつぶつと呟きながら忙しい脳内に対処してたら、かつての戦友エヴァンズがコンニチワ。大好きなエヴァンズがそこに居たのに妻がドッコイショとイタリアン尻で押し潰して追い払ってしまいましたこのやろう!…このやろう!えーと、あっ、このやろう!
ホームズ先生が実在するものに注意を向けさせなさい、ミュージック・ホールに連れていきなさい、クリケットをさせなさいと言っていたからだ。クリケットはとても素晴らしい野外スポーツです、とホームズ先生はおっしゃった。ご主人に最適のスポーツです、と。「ご覧なさいよ」と彼女はくりかえした。(p49)
・精神科医のアドバイスをそっくりそのまま思い出し、公園でクリケットを楽しむ少年たちを指差しながら。何度も何度も、懇願するように、哀願するように繰り返します。「ご覧なさいよ」。「ご覧なさい」。「ねえ、ご覧なさいよ」。
見よ、と見えざるものが彼に命じた。(p50)
・「ご覧なさいよ」。レイツィアの言葉は、セプティマスの頭の中で、天からの戒めのように勝手に変換されてしまいました。もうどうしようもないんです。見えざる存在との交信によって、彼の脳はまたも混乱に陥ります。そうしてぶつぶつと独り言を言っているうちに誰かが道を尋ねに来ますが、こんな様子の夫をあまり見てほしくないレイツィアがイタリアンお手々で即座に追い払ってしまいました。「こっちじゃありません。向こうです!」シッ、シッ。
■チャート11:ロンドン一般市民ガチャSR文豪デンプスターさん登場。濃いモブたちの内省の様子。
若い女のほうは外国人らしい。男のほうは異様な感じ。わたしがうんと年をとっても忘れないだろう。さまざまな思い出に混じって、五十年まえのある晴れた夏の朝にリージェント公園を散歩したときのことが、異様な思い出として浮かんでくるのだろう。(p51)
・道を尋ねただけなのにレイツィアに追い払われてしまったメイジー・ジョンソンちゃん19歳。やっとこさ就活が終わって、ロンドンの町に慣れようと散歩をしていた所に出くわした見るからに怪しいカップル(セプティマスとルクレイツィア)の事が記憶に焼き付いてしまいます。第二のダロウェイ夫人爆誕の予感です。でもモブなのでこれ以降出てきません。
あの娘はまだ人生がわかっちゃいないね、とミセス・デンプスターは思った。(彼女はリスにやるためのパンくずをためては、しばしばリージェント公園に来て、昼食をとった。)(p52)
・そんなメイジーちゃんを眺めながらまた別の人物が内心を吐露し始めます。ミセス・デンプスター、ここぞとばかりに謎の強キャラ感を醸し出すモブです。ニヒルな笑みを浮かべては謎の表現力を以て突然自分語りをおっぱじめるミセス・デンプスターの人生の振り返りを、次項に紹介しようと思います。
ちょっと太って、ちょっと体に締まりがなくなって、望みがほどほどになるくらいがいいんだ。パーシーは酒飲みだけど、まあ、そんな息子でも息子はいたほうがいい。あたしの人生はつらいことが多かったから、あんな娘を見るとほほえましくなる。いつか結婚するだろうね。じゅうぶんべっぴんさんだから。そして結婚すれば人生がわかるだろう。料理番のことだとか、なんだとか。どんな男にだってそれぞれ癖があるってことも。でもはじめからわかっていたら、あたしもこんなふうな人生を選んでたかどうか。そうミセス・デンプスターは思い、メイジー・ジョンソンの耳元にひと言囁いてやりたいと思わずにはいられなかった。そして皺でたるんだ老いて疲れた肌に、憐れみの接吻をうけたかった。だってつらい人生だったんだもの。あたしはその人生になにもかも差し出してきた。ばら色の肌も、締まりのある体も、そしてこの脚も。(彼女は節こぶのある醜い脚をスカートの下にかくした。)ばら色の肌なんか、と彼女は冷笑的に思った。そんなものはつまらないものだ。食べたり飲んだりセックスしたりで、いい日もあれば悪い日もある。人生なんてばら色だけのもんじゃない。だけどいいかい、このキャリー・デンプスターは、ケンティッシュ・タウンのどの女とだって運命をとっかえたいなんて思やしない!憐れんではほしいが、と彼女は哀願した。人生のばらをなくしたことは憐れんでほしい。彼女は、ヒヤシンスの花壇のそばに立つ、メイジー・ジョンソンに憐れみを請うた。あっ、飛行機だ!あたしはいろんな外国を見たいといつも思ってた。彼女には道化師をしている甥がいた。飛行機は舞いあがり、そして高速度で飛んだ。マーゲイトではいつも沖まで出ていったもんだ。陸地の見える距離だったけど。だけど水をこわがる女なんかがまんできない。飛行機は流れるように飛んで…(以下略、p53)
・前項「あの娘は~」から続くデンプスターさんの怒涛の思考吐露。誰も気にもとめないようなモブの内心をその人に乗り移ったように描ききっている、ウルフの楽しみどころそのもののような文章です。
・「ブレンパワード」の第14話で伊佐未勇が延々叫んでいたような迫力がある。なお常にこのデンプスターさんみたいな状態になっているのがセプティマスです。
■チャート12:ダロウェイ夫人帰宅直後スネる。老いに怖気づく。
「もはや恐れるな」とクラリッサは言った。もはや恐れるな、灼熱の太陽を、と。というのはレイディ・ブルートンがリチャードだけを昼食会に招待したことの衝撃が、その瞬間、立ちすくんでいた彼女を震わせたから――ちょうど河床に生えている水草が通り過ぎてゆくオールの衝撃を感じて震えるように。そのように彼女は揺れ、そして震えた。(p58)
・一方、花を買って家に帰ってきたクラリッサ。さっそくメイドから不在中の電話対応の報告を受けるクラリッサでしたが、夫はその電話でのお誘いによって昼食会に行ってしまったようです。招待されていたのは夫だけな事にモニョるクラリッサ。めっちゃ面白いって評判のあの人の昼食会なのに…このあたりのメイドとの愛情深いやりとりがキュート。
・「もはや恐れるな、灼熱の太陽を、はげしい冬の嵐を。」シェイクスピア『シンベリン』四幕二場でうたわれる葬送歌の最初の二行だそうです。クラリッサはこの歌を事あるごとに想起し、つぶやきます。死んでしまったというのなら、それはもう熱中症やら大寒波やらを恐れる必要はないんだぜ。あなたはこの世での仕事をぜんぶ終えたんだから、胸を張って報酬を受け取りに行こーぜ。あいつもこいつも誰も彼も、最後にゃ同じく死ぬんだぜ。みたいな歌。たぶん。
わたしが恐れるのは時間そのもの。まるでレイディ・ブルートンの顔が無感覚な石に刻まれた日時計であるかのように、わたしはそこに人生の衰退を読みとる。年をおうごとに自分の人生の持ち分が薄く切り取られてゆき、わずかに残っている余白さえも、生活の色彩や刺激や雰囲気を、もう若いときのようには拡大したり吸収したりできなくなっていることを痛切に感じる。(p58)
・活発にいろんな物事を感じているように見えたダロウェイ夫人ですが、日々衰えていく事を憂いていました。外の世界は華やかで活力に満ち溢れているように感じました。けれど、自分の身体は衰えていきます。その活力自体だって、実は私の身体から窓の外へと流れ出て行ってしまったもののように感じてしまいます。
バッソニャンも人生のばらをなくしたことを憐れんでほしい。つづく?
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かもめの (月曜日, 02 8月 2021 23:55)
するするメンヘラすこ